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2010年9月12日 (日)

反面教師

反面教師

反面教師を辞書で引くと、「(第二次大戦後、中国から来た語)見習い学ぶべきではな

いものとして、悪い手・見本となる事柄・人物」とある。

私の反面教師は、小学校4,5,6,年の三年間担任の恩師である。当時の先生は師範

校出たての若気のしたりか、どちらかというと勉強のできない生徒たちをいじめて

た。

まず**ふみ子という女生徒は、毎日のようにいじめられ、遂に学校へ登校しなく

なってしまった。**須恵美という男生徒もしばしばいじめられていた。

特に記憶に残っているのは、**麗子という女生徒に対して「名は体を表さないよすぎ

名前だ」と親のつけた名前にまで難癖をつけていた。

6年生のころ日記を就けるように勧められた。日記帳を買って日記をつけ始めてい

たらあるとき学校へ日記帳を持ち寄らせ、二人の生徒の日記を読み、一人の生徒

は、一日の事象のほかに感想文が書いてあり、他のほうは、一日の出来事を書い

てあった。すると前者をほめ、後者を悪い例として紹介した。

後者は私の日記で以後絶対日記を書くのをやめてしまった。

事象だけ書いた日記も「吾妻鏡」のように貴重な伝記である。一概にけなすのでなく

そういう点も補足してくれれば日記を書くのをやめることはなかった。

授業中のいじめは収まらず、山奥から転校してきた**芳郎も転向してきてからいじ

められた。後年**芳郎は同窓会の幹事となり、同窓会では先生にいじめられたと

生涯言い続けた。

**芳郎は同窓会に毎回出席しているが、**ふみ子、**須恵美、**麗子、は同窓

会に一度も出席していない。

恩師は九十数歳になり、校長を歴任し、前回の同級会にも一人で汽車に乗り参加

し一晩宿泊して帰って行ったが、翌年帰らぬ人となった。

現在ならばPTAも教育委員会も黙っていないであろう。当時の父兄は教育熱心な

な先生と見守っていた。

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