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2010年9月 4日 (土)

中国共産党(中共)

中国共産党

現在の中国は、中国共産党政権である。

支那事変(日中戦争ともいう)は、昭和12年7月7日時の政権蒋介石率いる国民政府

の許可のもとにシナ大陸において軍事訓練を指定する日本軍に、シナ軍からの

一発の発砲から始まる。私はシナ軍からの発砲は、水掛け論と考えていた。しかし

最近になって発砲したのは、中国共産党軍からの発砲で中共軍はモスクワのコミン

テルン(第三インターナショナルの別称)[世界各国の共産党の国際組織。レーニンら

の指導下にモスクワで創立、国際共産主義運動の指導にあたったが、次第にソ連

一国の利益に従属するようになつた]からの指令に中共軍が従ったもので、その命

令しょは現存するという。日本軍も国民政府軍も考え及ばなかった事件である。

支那事変が始まると国府軍も中共軍も協力して日本軍と戦った。

戦争が終結すると國民政府の蒋介石総統は、「恨みに報いるに、恨みを持ってせ

ず」といいシナ太水陸にいた日本軍を即刻帰還させ、賠償を全面的に辞退した。

戦争が終結後、一時シナ全土を占拠していた国府軍は中共軍に追われて一年も

経たないうちに台湾に逃げ込んでしまった。

シナ全土を占拠した中共政権は、連日日本の悪口を放送して日本を非難した。

そのさまは現在の北鮮よりひどいものであった。

さらに国内では大衆に密告を勧め親、兄弟でも油断できず、一度ブルジョアとレッテ

ルを張られると投獄されたり死刑にされたりリンチを受けた。

私はこのような政策をする中国共産政府は大嫌いである。

中共政権を承認する国がぼつぼつ現れたが、日本政府は蒋介石の終戦の時の発

言と、終戦のすぐに日本軍を帰還してくれたこと、賠償の辞退とうを感謝し中共政府

を認めず台湾政権を承認し続けた。

しかし米国はニクソン大統領のとき中国へ出かけ、中共政権を認めてしまった。

日本は田中内閣時代で、田中首相は、すぐ中国に渡り中共政府を承認し、台湾政

府の承認をやめた。

日本政府の中には蒋介石政権に恩義を感じている人々も多く、政府の承認は変わ

るが貿易は継続する人々がいた。中共政府はそれまでの日本非難を手の裏を返す

ようにぴったり止めてしまった。しかも蒋介石政府が賠償を辞退しているので、しぶ

しぶ中共政府も賠償を辞退した。

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