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2010年7月 3日 (土)

宮中の行事

宮中の行事

昔中学校で{「政祭一致(せいさいいっち」即ち「政治(せいじ)(まつりごと)」も「祭事(さいじ)(まつりこと)」も昔は同じ事であった}と教えられた。

現在でも宮中では「政祭一致」の業務を天皇、皇后両陛下が日常業務として行っておられる。

戦前、戦中から戦後の一時期まで祝祭日は、宮中行事に関するものであった。

一月一日は「四方拝(しほうはい)」で天皇が四方(よも)の神々に国家の安泰を祈る日で、一月三日の元始祭(げんしさい)は先祖の霊に国の安泰を祈る日で一月五日の「新年宴会」は天皇が国の高官たちを宮中に招いて新年の挨拶を行い高官の労をねぎらう日である。

二月十一日の「紀元節」神武天皇が国を始められた日として国家の発展を祈る日である三月と九月の春分、秋分の日は「春季皇霊祭」「秋季皇霊祭」と云って先祖の霊を祭る日である。四月三日は「神武天皇祭〕と云って神武天皇の亡くなられた日である。四月二十く九日は「天長節」と云って昭和天皇の誕生日である。

十月十七日は「神嘗祭(かんなめさい)」と云って、その年の春天皇が宮中の田んぼで田植えをして育てた稲を刈り取って、新米を神々に捧げる日である。

十一月三日は「明治節」と云って明治天皇がお生まれになった日で、十一月二十三日は「新嘗祭(にいなめさい)」と行ってその年栽培した新米を天皇が初めて食される日であった。最後は十二月二十五日は「大正天皇祭」で大将天皇の亡くなられた日である。

小学校では「四方拝」「紀元節」「天長節」「明治節」は小学校へ投稿し、式典があって校長先生は「教育勅語」を朗読していた。帰りは正月は「みかん」多の祝日は「紅白のまんじゅう」を貰って帰ってきた。

宮中行事には今でも皇后は宮中で「かいこ」を飼い「蚕玉」を紡いで生糸にしている。このように宮中では、昔の農業国であつた事を忘れずに継承しているのである。

このほか各国の高官が訪日の際には、宮中で面談しその後歓迎の宴会を開き、また親善使節として外国へ渡航している。

現在は「政治の信仰の自由の侵害」を避けて祝祭日には民間行事も入っているが、「元旦」「建国記念日」「春分、秋分の日」「みどりの日(現在昭和天皇の日)」「文化の日」「勤労感謝の日」と名前は変えているが以前の祝祭日が生きてい日がある。追加の七月十九日の「海の日」は明治初年明治天皇が東巡行のため船旅に出かけられた日である。

現在追加され最近は日日(ひにち)が不順になった「成人名の日」は昔の「やぶ入り」の日に当たり「やぶ入り」は正月とお盆の念に二回、商家へ丁稚(でっち)奉公に出されたおこずかいを貰って親元への帰ることが許された日で親元と離れている人々は浅草の六区で映画を見たりして一日を楽しんでいた。

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