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2010年6月29日 (火)

赤松小三郎

赤松小三郎

幕末赤松大三郎と赤松小三郎がいた。二人はともに長崎の海軍伝習所で、学んだ中である。大三郎は、明治になって海軍中将となり令嬢は、森鴎外の最初の夫人である。小三郎は、上田藩士で佐久間象山にも比較される人物で、兵学の大家で幕末薩摩の島津家で兵学を教えていた。ところが藩主から帰国命令が出ると薩摩藩士たちは盛大な送別会を行って送りだした。

しかし小三郎の才能が幕府に利用されることを恐れた西郷隆盛は、人切り半次郎こと中村半次郎(後の桐野利秋少将)に命じて暗殺し、葬儀は西郷らで大々的に行った。

幕末にはこのようなことがしばしばあったようで、近藤勇も新撰組の隊長芹沢鴨の寝込みを襲って暗殺し、変わって新撰組の隊長になり、芹沢鴨の葬儀を大々的に行っている。

赤松小三郎の記念碑は、JR上田駅にむかって右手の小高い丘に上った年ころにある、上田城の城内の一角に建っている。

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