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2010年6月 9日 (水)

ヤクザと興行師

ヤクザと興行師

最近大相撲とヤクザの癒着問題がささやかれ大問題となった。もともと大相撲とヤクザは関係が深かった。戦前戦後しばらくの間大相撲は春場所と夏場所の二場所だけで後は地方巡業であった。地方巡業はその地方のヤクザが勧進元となって運営されていた。従ってヤクザの力を借りなければ地方巡業は成り立たなかった。

ヤクザと興行師の関係は相撲に限ったことでなく、芝居(歌舞伎、新生新派)の地方興行はもとより、映画の興行も流行歌の地方巡業もヤクザが仕切っていた。

そこで役者、映画、流行歌の鉱業の世界はヤクザの力を借りなければならなかった。その一例として美空ひばりもヤクザの大親分に可愛がられていたのは周知の事実である。流行歌手もヤクザの酒盛りに侍らされていた。しかし警察が暴力団と歌手たちの癒着を厳しく取り締まってから徐徐にこの悪弊が是正されてきた。

松竹時代劇の大スター林長二郎が松竹ら東宝に移籍した際、松竹側のヤクザに左ほほを切られ、林長二郎こと長谷川和夫は生涯左の顔は映画に移らないようにしていた。

松竹側のヤクザは誰か知らなかったが、後年文庫本を見てその人物を知った。

だれあろうその人物は後のラッパの名ではせた大映社長永田雅一その人であった。長谷川和夫は後年大映所属の俳優となっている。奇しき因縁を感ずる。

興業の世界ばかりでなく、政治の世界にもヤクザはいた。戦前戦後衆議院の院外団がいたが、これは代議士の手足となって暴力で騒ぎを鎮めていた。

院外団出身で後に有名な代議士になった者もいた。

ヤクザは昔は博打ちと香具師(やし)がいた。香具師は現在のテキヤで神社・仏閣の固定した場所で大道商いをしているか、各地のお祭りや行事にその都度場所を借りて商う「男はつらいよ」の寅さんの職業である。香具師は地元の顔役(ヤクザの親分)の許可を得て商売をしていた。

私の小学校の同級生にも一人親が善光寺の境内の大道で商いをしていた。

その娘は頭がよく先生が国語の時間に「ノート一冊に漢字を書取りをしてみては***」というと翌日にはノート一冊に漢字を書いて提出していた。しかし現在はどうしているのか同級会にも一度も顔を顔を出してない。

昔のヤクザは現在の暴力団のように、薬の売買をして荒稼ぎをするようなことはなく、地元の正業者を痛めつけることはなかった。

現在香具師の親分は、地元の顔役として市会議員になって姿を変えている。

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