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2010年5月17日 (月)

高島嘉右衛門と高島易断

高島嘉右衛門

「当たるも八卦、当たらぬも八卦」というが占いは戦前は殆ど高島易断によるもので、現在はやりの星占い(占星術)は陰をひそめていた。

子供のころ見た本に、高島嘉右衛門が占いを勉強をしたのは、幕末罪を得て牢獄に入れられた時、牢名主をしながら、支那の易学を勉強した結果であった。

しかし記憶が正しければ、高島嘉右衛門と高島易断は関係がなく、易断は高島を名乗って世に普及させたので高島易断がある。

高島嘉右衛門は明治になり実業家となった。広辞苑によれば「実業家、易学家。号は呑像。江戸生まれ。はじめ建築請負など実業に従事・京浜間の鉄道敷設にも尽力。

のち高島易断で知られる」とあって高島易断を開いたかどうかは明確でない。

横浜を走っている鉄道、私鉄、かJRか不明であるが高島駅がある。

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