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2010年4月26日 (月)

木谷実

木谷実

本日の日経の夕刊「こころの玉手箱」欄に大竹英雄日本棋院理事長が載っていた。

彼は九歳で北九州から木谷実九段の門下に入って入段、名人位四期、十段五期、棋聖七期と書かれていた。さしずめ出藍の誉れと言ったところか。

もう何十年も前の新聞に木谷一門は女将さんでもていると新聞記事で読んだことがあった。

相撲、囲碁、将棋など勝負の世界では一門の女将さんの陰の力がものをいうようである。

十年ほど前日平塚の七夕を見に行き、木谷一門で總計百十段突破と書かれている七夕を見つけた。

私の子供の頃お袋が「呉清源の女将さんは信州の地獄谷温泉の娘で、囲碁の勝負が地獄谷でよく行われている」と言ったことがある。地獄谷はテレビなどで猿が温泉に入って湯あみする野猿公園で有名な温泉である。

しかしこれはお袋の勘違いで地獄谷温泉の娘は、木谷九段の女将さんである。

確か呉清源も「木谷九段に連れられてしばしば地獄谷温泉へ行った」と書いていた。

地獄谷温泉は、木谷夫人の姉か妹かの老婦人が温泉を守って粽(ちまき)を一休みする客に売っている。

戦後しばらくして踊る宗教が世を騒がせた。当時は踊る宗教にびつくりしたが、時宗の開祖一遍上人は踊る念仏を世に広め遊行上人と言われた。藤沢の遊行寺は一遍の弟子が開開いた寺である。

確か墓地には国定忠治の子分で「坊や良い子だねんねしな***」で流行歌や講談で有名な板割の朝太郎の墓もある。彼は明治になってここの寺守をしていたようである。

その踊る宗教に名横綱双葉山と呉清源名人が入信し乱闘騒ぎを起こしニュースにもなった。一芸に秀でる人も心の迷いはあるものだ。

その後二人には踊る宗教の話は聞こえてこなかった。

双葉山は、時津風理事長として相撲の改革に努めた。

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コメント

大本教かな?
出口王仁三郎かな。

今有名な秋山真之もそうだよね。

祖母は、あれだけは、よく未来を当てたといっていましたね。

自分もあの大本教に関しては、中学校の頃何冊も読んだな。

投稿: Nagoya | 2010年4月26日 (月) 23時37分

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