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2010年4月17日 (土)

太宰春台

太宰春台(だざいしゆんだい)

信濃の国の一節に「***春台太宰先生も***みなこの国の人にして***」とある。

広辞苑は「江戸中期の儒学者、名は純、字は徳夫。号は春台・紫芝園。信濃の人。出石藩に仕え、後に辞して荻生徂徠に学ぶ。経書・経済に通じ、また近世中国語に詳しかった***」とある。今回始めて気がついた事てあるが、小学校の国史下巻に紫芝園の名だけが載っていた。先生も太宰春台の別名とは知らなかったのか「太宰春台のことである」と云う説明はなかった。

赤穂浪士の討ち入り後、将軍綱吉がその処置に苦しんでいた。荻生徂徠は「国法を犯したので死刑は当然である」と云ったが、特に死刑を協力に主張したのは太宰春台であった。

また春台は「私は儒教だけを信ずる者であるが、無知文盲の門徒の人々が阿弥陀仏だけを信じて他の神や仏を信じないのは感心なことだ」といっている。

浄土真宗の寺では、親鸞の「阿弥陀仏の加護だけを信じ、寺や佛像を排しているが、現在寺は大伽藍でははあるが、お寺は他の神社・仏閣のようにお札やお守りは決して売らない。

これだけは感心なことである。

春台の墓は、東京都台東区谷中の寺街にある、天眼寺(てんげんじ)の境内の一角にひっそりと立っていて、東京都の重要文化財に指定されている。

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