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2010年3月 3日 (水)

富嶽(富士山)

富嶽

「真白き富士の嶺(ね)、緑の江ノ島、仰ぎ見るも、今はなみだ、帰らぬ十二の、雄雄(おお)しきみ魂(たま)に、捧げまつる、胸と心」は逗子開成中学の生徒がボートで遭難して犠牲(ぎせい)になった十二名を弔う歌である。

鎌倉で最も富士が美しく見えるのは、稲村ヶ崎から江ノ島を眺める堂々たる富士山である。「七里ガ浜の磯伝い、稲村ケ崎名将の剣(つるぎ)投ぜし古戦場」と小学唱歌「鎌倉」で歌われているように稲村ケ崎は、新田義貞が鎌倉攻めに際して剣を海に投じて、引き潮に乗じて鎌倉に攻め込み勝利したところである。昔の武将は天候、気象にも通じていた様だ。

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初めて富士山を見たのは大学受験で上京した時、埼玉県川口市から眺めた富士山であつた。当時東京は焼けてめぼしいビルはなく焼け野原に富士山だけが立ちふさがるように立っていた。次は出張で上京する際新幹線の中から見た富士山である。現在でもテレビに時々映しだされている。しかしビルが建ってしまうと東京で富士見の名のつく場所でも富士山は見られなくなってしまった。

鎌倉では富士見の名のつく場所は秋から冬にかけて晴れた日には、三日と開けずに富士山が眺められる。

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神奈川県では湘南ばかりでなく城ヶ崎、立石、逗子からも綺麗な富士がながめられる 

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箱根の大観山から見た勇壮な富士は神々しい。また箱根の山から御殿場へのトンネルを抜けると辺り一面を睥睨(へいげい)する富士の威容を目の当たりにする。

     太宰治 は「富士には月見草がよく似合う〕と書いている。月見草はまたの名を待宵草(まつよいぐさ)ともいう。以前はどこの川原でも生えていたが現在は余り見かけなくなってしまった。

宵待草は竹久夢二の創作でそんな名の花はない。待宵草からヒントを得たに違いない。 富士五湖 の山中湖、河口湖、西湖、精進湖、本栖湖 の湖ごしにに見P10900022_2 P1090001123 る富士の巍巍(ぎぎ)として聳(そびえ)P10900011 立つ様は一興である。

オウム事件の前に富士五湖をめぐりオウムで有名になった「上九一色村(かみくいしきむら)」から身延山を通って富士川を静岡に向かって車を走らせた時、何とも言えない陰気なバラック建ての工場に出会った。余りにも不気味であったので小さな看板を見ると「清流荘」と書かれていた。オウムの事件が発覚して、そこもオウムの解体工場であったことが分かったが、あの不気味さはあすこでも殺人があったのではないかと思えるほどであった。

F10000011 F10000022 以前は我が家から富士山は見えなかったがビルが解体、徹去され富士山が見えるようになって毎朝富士を拝めるかどうか楽しみしている。左図は我が家から眺めた富士である。

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