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2010年2月 3日 (水)

赤報隊

相良総三

相良総三は、本名を小島将満といい幕末の勤皇の志士である。はじめ水戸の天狗党の挙兵に参加し、西郷隆盛の命を受け江戸の治安をかく乱するため、火付け、盗賊を働いた。後に赤報隊を組織し、その隊長になった。

赤報隊

官軍が江戸城を攻めるに当たって、赤報隊は、東山道の官軍の先ぽう隊として、年貢の半減をうたい文句にして、各地から寄付を募って進んだ。

島崎藤村の「夜明け前」は天狗党や赤報隊が馬籠を通過する様子を伝えている。

しかし官軍の福井藩士三岡八郎(後の由利公正)の計算で、減税どころか増税しなければ成らなくなり、官軍は本陣に相良総三を呼び出して下諏訪で偽官軍として処刑してしまった。

下諏訪には、赤報隊の顕彰碑が建っている。

後に相良総三や赤報隊の隊員の子孫が、偽官軍の汚名をそそぐ努力をし昭和三年になって偽官軍でなく官軍であったと認められ彼らは叙勲されている。

偽官軍の汚名をそそぐ子孫の活動を作家長谷川伸は「草もうの志士たち」という本に書き表している。

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