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2010年2月14日 (日)

痴呆症

痴呆症

有吉佐和子の痴呆症を取り上げた小説「恍惚の人」を目にした時はなす言葉もなかった。最近は周りからも痴呆症の話が出るようになった。

県の福祉作文コンクールの中学生の部で優秀賞とった女子中学生の作文を読んで感激した。

要約をすると「突然交番から祖父を預かっていると電話が来た。家族は訳もわからず交番に駆けつけると、交番の椅子にちょこんとすわっている祖父が小さく見えた。祖父は仕事一筋で家には専門書が山積みされ、慣れないパソコンも本をみながら使えるようになった。語学も堪能で種々の国からのホームステイとの会話はカッコ良く驚きだった。いつも元気でやさしい祖父がどうして***

祖父は入院して「痴呆症」と診断され家族も落ち込み母は泣いたが、祖母はもっとつらかったであろう。祖父を出来るだけ一人にせずテレビも一緒に見たり、ゲームをしたりそばにだれかは居るようにした。祖母、父、母、妹、私も出来ることはしたが、想像以上に大変だった。祖父の機嫌が悪い時はどう接するか困った。その時は祖父の機嫌がよい時のことを考えて接した。病院や買い物、散歩につねに一諸の祖母はさらに大変だ。誰よりも大変な祖母は頑張っていてすごいと思う。認知症は直らない病気だそうだが進行を遅らせて祖父と一緒に過ごしたい」「ジジ楽しくやろうね。長生きしてね」で結んでいる。家族上げての看病、しかも家族を思いやる心、中々しっかりした作文で涙なくしては読めなかった。

艱難なんじを玉にす。である。

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